浄土真宗大谷派

延仁寺

沿革
寺伝では、天台宗の宗祖最澄が開基であるとされている。本願寺第三世覚如が著した『本願寺聖人伝絵』(『御伝鈔』)に、「鳥部野(とりべの)の南の辺、延仁寺に葬したてまつる」と記されているように、浄土真宗の宗祖・親鸞の遺体を、荼毘(火葬)に付した寺院である。後に戦乱などの影響で廃寺となる。 当初は「西光寺」と称していたが、明治16年(1883年)に「延仁寺」と改称し、東本願寺第二十一代[2] 嚴如(大谷光勝)[1]により「荼毘所」を寄与される。

宗旨
浄土真宗大谷派
場所
京都市東山区
駐車場
あり
墓地永代使用料
60万円より(一聖地)
   
   
   
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親鸞の荼毘所
延仁寺の道路の向かい地蔵堂の脇に「親鸞聖人御荼毘所」の碑が、隣接する延仁寺墓地の脇の「見真大師御荼毘所道」を登っていくと、「見真大師御荼毘所」の碑と親鸞の石像が祀られている。

延仁寺墓地
寺伝によると開基は最澄とされ、当初は延仁寺光明堂と呼ばれた洛東の古寺です。京都では親鸞上人の荼毘所とその名を知られ、墓所の最深部にその標石と石柵を安置しています。緑深い木々に囲まれて京の町を一望する眺めは一幅の絵画のよう。東山三十六峰の山麓に建つ同寺ならではの絶景といえるでしょう。


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なだらかな坂を上って墓地へ 春は桜に彩られます
市内が一望できる眺め 空気が澄んだ落ち着いた場所
自然豊かな環境 光が溢れ花に彩られるロケーション

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