臨済宗建仁寺派

月真院

沿革
月真院は、元和5年(1619)に津和野藩二代藩主亀井茲政によって建立され、初代藩主政矩の墓所がある。慶応3年6月18日、伊東甲子太郎ら御陵衛士は東山五条善立寺から、東山霊山の山麓にある、月真院(山号、叢林山)に屯所を移した。月真院が屯所として選ばれた理由は定かではない。

宗旨
臨済宗建仁寺派
場所
京都市東山区
駐車場
あり
墓地永代使用料
   
   
 
お問い合わせは澤吉までtel:075-561-2802またはメール

月真院
月真院の周辺は、昔は萩と椿の名所だったそうで、織田信長の弟・有楽斎の屋敷から移植されたという有楽椿(樹齢約600年)が、山門内に現存する。また、山門を入った正面には石庭があり、本堂前には八坂の塔を借景とする庭が広がる。庭の東側には池があり、その奥は高台寺につながる裏山になっている。草木の生い茂るまさに「叢林山」である。往時、月真院には風雅を好む文人墨客がよく訪れたそうで、江戸後期の歌人の小沢蘆庵もその一人だったという。(和歌を嗜んだ伊東兄弟、毛内、服部、新井ら衛士たちが好みそうな庭である)。 月真院の本堂と庫裏には中二階があるが、一説に、庫裏の中二階(屋根裏?)は衛士が寝起きしていた「隠し部屋」だったという。


大きな地図で見る/p>

正門 正門
ねねの道より 墓地内

Copyright (c)2009 sawakichi.co.,ltd All RIght Reserved.